破産宣告の貼り紙まで|社長の急死で後継者なし|身内従業員の逃亡発覚と財産の争奪

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この記事は、平成13年(2001年)4月前後の私の実体験に基づく一次情報です。

高齢社長の急死に端を発した、お世話になった会社での倒産劇です。

後継者が無い中、取引先の目前から身内従業員が逃亡した事実が物議に。さらに、身内による財産の争奪戦いが激化~。

そんな中、破産宣告の貼り紙に至るまでの後始末の経緯を語っています。

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破産宣告の貼り紙を会社の入り口ドアに設置するまで

その会社は社長が一代で築き上げた老舗であった。

後継者が無く、高齢の社長は亡くなる前日まで、病院のベッドで指揮をとっていた。

社長亡き後、次期代表取締役が未定のままに、大手仕入先がまず手を引いた。さらに、社長の財産をめぐって身内が大いに荒れた。

破産宣告の貼り紙を社の入り口に掲示するまでの戦々恐々の日々。

社員の退職関係の事務手続きは自宅が基地となった。社会保険料未納をめぐっての健保組合と基金の「脅し」に社員になりかわって、素直に恐怖した。

諸般の事情に翻弄されて・・私一人が債権者から吊るし上げをくう事態にも遭遇。家族にも累は及んだ。破産宣告の当日、3歳の長男が行方不明になっている。間もなく事なきを得たが押し寄せる波浪に容赦は無かった。

破産管財人の先生が人間味のある方で、唯一救われた。

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社長の急死で後継者無く営業継続が不可能に|身内従業員の逃亡発覚でさらに窮地へ

社長には娘が3人いたが、そのいずれもが正妻との間には「誕生してはいない」。3人共に夫がいたが、どこの家庭も妻が絶対的権力を持っており、夫はとことん小さくなっていた。

なぜか、3女が大きな顔で主導権を握り、全社員総出の全体会議が開かれた。

長女の夫は営業所長であり、通常、次期代表取締役となっても不思議はない。ところが、所長はこれを断固拒否した。
「・・どんな思いで今日まで来たか・・」・・。
あのプライドの高かったはずの所長の涙声が室内に響いた。あくまでも自身の次期代取就任を拒否。

次期代取が未定のままに、大手仕入先が納入を拒否し、営業継続が不可能になった。

そんな中、社長の身内の男子従業員が歩行中、取引先の車の運転手と目が合い、次の瞬間に走って逃げた、という事実が拡散され、いわゆる取り付け騒ぎが勃発。

とにかく、全社員が自宅退避することに。

当時、私は、「●務」という部署名の下、社会保険・人事採用関係と社長の運転手を兼ねていた。仕事関係の書類がダンボールに数箱。全て自宅に持ち込み、今後の対応に備えた。

そんな自宅に、取引先から「キツイ」電話が入り、家族共々に恐怖した。

また、所長の妻(長女)も従業員でかなりの給料を取っていた。本来、社会保険料等の天引き対象であるところ、社長命令で、一部天引きをしていなかった。

今回の事後、これが発覚し、私一人が健保組合と基金の「脅し」にも似た追及に、心底、恐怖した。

本件、後に、所長(元所長)から泣きの電話が入った。当たり前だが、どうすることも出来なかった。

渦中、「●理」の先輩と共に、密かに速やかに、現金預金まわりの可能な限りの回収に動いた。

社長はビルを一棟所有していて、家賃収入の月額は数百万に及んでいたが、その確保には取引先の不動産会社との接触が不可欠であった。しかし、取引先の監視を恐れ、そこには行けなかった・・。

一人、某駅近くを歩く中、過労から目まいを感じ、目前のマッサージ室に飛び込んだ。かなり救われた記憶が未だ新しい。

実はその時分、3歳の長男が行方不明となっていて、やがて地元の警察署に確保されるという事態が発生していた。これを事後に知った私は、本当に救われたと思っている。

やがて、破産管財人の介入が始まり、私は救われた。破産宣告の貼り紙を掲示する日まで、粛々と自宅で、清算事務に取り組んだ。

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身内による違法な経営主導権への介入は社長の外貨預金通知の奪取から始まった

社の破産・倒産騒ぎが必要以上に紛糾した理由に、事のタイミングの悪さが影響していた。

社長の入院
🔻🔻
娘たち家族の社長宅への出入り
🔻🔻
数千万規模の外貨預金の解約通知が社長宅に届く
🔻🔻
娘たちがこれを奪取

本来、社長による会社の為の画策であったが、タイミングが悪かったと思う。

全社員総出の全体会議における三女の鼻息の荒さと強引さはここから来ていた。取引先銀行の公衆の面前で、大声でまくしたてる三女の様子を後に知った。それは財産奪取へのおぞましいまでの執念を感じさせた。

清算後、取引先への負債・損失は一切無く、終わっている。社長の自宅も現存・・。

法律に詳しくない私なので、この会社の消滅をなんと命名すれば良いのかわからない。

しかし、破産宣告(倒産告知)の貼り紙を社の入り口に掲示した記憶は鮮明です。

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