| 失業のプロフィール 私は現在失業中である。 年齢は40代後半となった。妻子もある。 在職中は全ての期間、管理部門に席を置いていた。 会社の終焉(しゅうえん)と体制の終焉とによって職を失うこと、今回で3度目となる。 〜1度目〜 仕事中、突如として見知らぬ人物が現れた。私であることの確認がなされ、会社の預金通帳と台帳の類を要求された。営業譲渡であった。知らぬ間に話は進行していた。その日から私は、会社で一人、清算事務に携わる身の上となった。 カプセルホテルから出勤した冷たい雨の日の朝、朧に霞む街の光景が未だ記憶に新しい。 清算が終了し、それから3ケ月後、譲渡先のその会社は別の会社に吸収されていった。 〜2度目〜 その会社は社長が一代で築き上げた老舗であった。 後継者が無く、高齢の社長は亡くなる前日まで、病院のベッドで指揮をとっていた。 社長亡き後、その財産をめぐって身内が荒れた。これが災いして次期代取が未定のままに、大手仕入先がまず手を引いた。 破産宣告までの戦々恐々の日々。社員の退職関係の事務手続きは自宅が基地となった。社会保険料未納をめぐっての健保組合と基金の「脅し」に社員になりかわって、素直に恐怖した。 諸般の事情に翻弄されて・・私一人が債権者から吊るし上げをくう。家族にも累は及んだ。破産宣告の当日、間もなく事なきを得たが3歳の長男が行方不明になっている。押し寄せる波浪に容赦は無かった。 破産管財人の先生が人間味のある方で、唯一救われた。 〜3度目〜 役員によるクーデターで会社の政権が交代した。私の上司はクーデター側の役員であった。 「ある日!」を境に形勢は逆転。旧政権の復活で、クーデター側の役員は辞任を余儀なくされた。 辞任後、「粛清」が表面化。頻繁な法律家の出入りによって、罪は造られ肥大した。 指示のままに刑の執行の手足となることが私の役目であった。 元上司を含むクーデター派役員のみならず、関係社員全員が刑の対象となった。 粛清の矛先は次に、役目の済んだ私に向けられた。私を擁護下さった「新たな上司」が、まず先に粛清された。 復権者の怨念とこれに忠実なブレインらの冷酷非情は、まこと恐怖に値した。 さすがの私(?)も今度ばかりはまいった。圧巻であった。波乱の質が根本的に違っていた。歳をくった分、無理に対する肉体的耐性も落ちていた。 私に会社を紹介した旧知の友人が復権側ブレインの一人でもあった。このことは、針のむしろで煮え湯を飲むかの如き心境に私を陥れた。 |
||
| そして私は・・闇から苦悩そして本来の私に【←ここをクリック】 |
||
![]() ![]() ![]() |
||